先般、鹿子島 宏禎「秀光」の葬儀に際しましては、過分のご配慮を賜わり御礼の申し上げようもございません。
鹿子島 宏禎「秀光」の最後を飾ってくださいましたご芳情に心よりお礼申し上げます。
お陰様をもちまして、葬儀も滞りなく終えさせていただきました。格別なご高配につきまして、重ねて厚く御礼申し上げます。
何卒、御身お大切になさいまして、末永くご健勝にお過ごしなさいますように、心からお祈り致しております。これからも、よろしくご指導ご鞭撻下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
先般、鹿子島 宏禎「秀光」の葬儀に際しましては、過分のご配慮を賜わり御礼の申し上げようもございません。
鹿子島 宏禎「秀光」の最後を飾ってくださいましたご芳情に心よりお礼申し上げます。
お陰様をもちまして、葬儀も滞りなく終えさせていただきました。格別なご高配につきまして、重ねて厚く御礼申し上げます。
何卒、御身お大切になさいまして、末永くご健勝にお過ごしなさいますように、心からお祈り致しております。これからも、よろしくご指導ご鞭撻下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
1月16日に、闘病中であった秀光さんが天国に行ってしまいました。秀さんとの付き合いは、自分が刑務所を出所し、その足で九州ダルクに来た時からです。
初めて見たときに、「何だこの人相の悪そうな人は」と思いました。しかも、去年の11月にすい臓癌で手術をしたばかりと言っていて、2か月ぐらいで動けるものなんだと思いました。
九州に来た時、刑務所から出てきたばかりの自分は、着ている服しかなく、買いに連れて行ってくれたのが秀さんでした。出所した日だったのと、刑務所の中での処方遊びのせいでボケていた自分は、秀さんに訳の分からないことを言っていたと思います。
レジで並んでいるときに、小さい子にちょっかいを出されたとき、「ダルクの入所テストに子どもを使うんですか?」と言ったら、目を丸くしていました。
ダルクの生活が初めての自分は、生活に慣れることで忙しく、気にならなかったけど、そのうちに秀さんの憎まれ役にはまってしまい、秀さんのことが嫌いでした。いろいろとうるさいし、プログラム的なことしか言わなかったりと、嫌な人だなと思っていました。
自分のクリーンが6か月ぐらいになったとき、秀さんに直接話に行ったことがありました。自分も頭にきていて「あんた汚いぞ」と、その他もいろいろ言ったら、秀さんが「わかった、ハンバーガー食べにこう」と言ってモスバーガーをおごってもらったら、この人、意外にいい人かもと思い、怒っていたことなどどうでもよくなってしまいました。
その件があって以来、秀さんと2人でメッセージなど出かけることが多くなり、行く先々でラーメンなどおごってもらっていたら、秀さんのことが好きになっていました。
秀さんの憎まれ役が分かってきたのもこのころで、言わなきゃいけない立場なんだと理解できるようになってきました。
仲間たちと毎年行っていた長崎の海や、熊本の温泉、神父さんたちとのソフトボールと、秀さんはいろいろな思い出を残してくれました。
秀さんが天国に行ってしまったとき、自分たちは看取ることができ、これでゆっくりと休むことができるんだね、良かったね、と思っていました。だけど、ダルクのミーティングのとき、秀さんと写っている写真を見ていたら涙が止まらなくなっていました。
よく秀さんが言っていた必要なものは与えられると言っていたけど、秀さんからはいろいろのものを貰えました。出会ってから3年ありがとうございました。
こんにちは、薬物依存症のジャイアンです。最近、秀光さんが亡くなって寂しい思いをしています。いろいろ、秀光さんにはお世話になったので本当に悲しいです。毎日、歯を磨くことから、いろいろものをいただくことや、遊びにいたることまで、本当にいろいろお世話になりました。
なにか、恩返しをしなければと思い、自分にできることをしてきたのですが、自己中心的な自分の思いが繰り返し出てきて、どうしても愚痴ばかりが出てくる始末でした。
こんなことではいけないと思いながら頭を抱えて悩んでいたときには、秀光さんは僕を励ましてくれたので、ここまで歩いてこれたのだと思います。そして、秀光さんは最後の最後までぼくのことも気にかけてくれたのです。
亡くなるちょっと前に、ぼくの家の近くのスーパーで、水曜の夜七時ごろ、偶然、秀光さんと会ったときの話なのですが、秀光さんはまず、「何でこんな時間にここにいるんだ?」と言い、ぼくは、「水曜は、ミーティングに出ても出なくても良くなったんですよ」というやり取りがありました。
自分が死ぬかもしれないときに、まず人のことを気にするなんて、すごい人だなと思った出来事でした。
その秀光さんの死に顔というものは、安らかでした。ぼくも強く生きなければと思います。
そして話は変わるのですが、自分の近況報告をさせていただきます。半年ぐらい前に自転車で転んで、ひざの靭帯を切ってしまい、四月に靭帯の移植手術を受けることになりました。それを自分の仕事の会社に言ったところ、二月で仕事が終わりになってしまって、仕事探しをしているところです。
なかなか2か月間だけの仕事というのがなく、困っていたところに、昔、ダルクに時々顔を出していた仲間がいるのですが、その人が夜の警備の仕事を持ってきてくれ、身近な人の役にたてるならそれが一番いいと思い、仕事を請けることにしました。
こんなにタイミングよく、仕事を持ってきてくれるなんて、またハイヤーパワーに助けられたな!と思える出来事でした。だんだん仕事もステップアップしているので、やりがいを感じているところです。なにか大きな流れの中に自分も乗っているようにも感じていて、心地よく感じています。
自分の自己中心性からも、人の幸せを一番に考えるようにすると、完璧に、ではないですが、少しずつ離れていくことができています。
今では少しずつ、人の役に立てるように生きることができればなぁと思う毎日です。これからも何があるかわらない毎日ですが、よろしくお願いします。
しばらく温かいなぁ、と思っていると、急に寒くなったりと、まだまだ体調にも気を使わされる時期ですが、相変らず九州ダルクのホワイトボードの予定表は赤ペンでびっしりと予定が書きこまれており、その中にもポツポツと青ペンで書かれた佐賀での予定が――。
佐賀の刑務所メッセージや病院メッセージ、ダルクミーティングを開くための福岡から佐賀への道のりも経費節約のため高速は使わず、脊振峠を越え片道1時間半。
この1年半、何度この峠を越えたことか。1日2往復することもあり、最初のうち、ただ遠いなぁ、と感じた道のりも、いつの間にか慣れ、山並みの景色、畑の収穫風景、流れる川面、決まった時間に流れるFMラジオの番組を楽しみにする余裕が出るようになっていました。
それでもこの時期になると、朝早くのメッセージや帰りの遅い時間、峠越えの際の山頂の凍結があったりと、車の運転にもかなり気を使わされます。
しかし、そういう時にも、昔、あんな運転をしていたなぁ、無茶しててよく今こういうふうに生きてこれたなぁと、プログラムに出会えたことを感謝する時間も与えられているような気がします。
プログラムにつながったばかりのころ、ある仲間が「何度も何度も自殺をしようと、命を絶とうとしたけども、何度も助けられていた。生かされていた」という話を聞いて、「俺も生かされているんだ」と感動したこと、気付きをもらえたことをだいぶ時間が経った今になっても、再び車中で思い出しながら感謝すること。仲間が、祈りが感謝の祈りに変わると言っていたことを昨日の車中でも、ふと想いながら運転をしていました。
最近のミーティングでもミーティング場に置いてあるノートを見ながら、こんなに長い間、多くのメンバーがこの会場に通い続けてくれたんだな、と。自分ひとりではこんなに長く継続することはできないよな、と思えた時、これも自分を超えた大きな力だな、ここに通って、いま生かされている自分は、大きな力に助けられてるな、と感じました。
「自分より上の力の必要性」
ダルクにつながった時に一番受け入れがたかった言葉でした。すんなりと受け入れられたら、もっと楽だったんだろうな、と今さらながら思いますが、受け入れないと踏ん張った時期も回復のプロセスには必要だったのかもしれません。
大好きな詩の一節。
「求めたことは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた。神の意にそわぬものであるにもかかわらず、心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた。私はあらゆる人生の中でもっとも豊かに祝福されたのだ」
ずっと祈っていたんだなぁと、ただ、心を開いて受け取ればよかったんだな、今では思えます。
感謝。
みなさん、こんにちは。最近、自分自身の行動予定をプログラムの中でやり遂げるために、システム手帳に書き出して、やれたか、やれなかったかを、仲間の前で発言し、今日一日を大切に過すことをしています。
薬が止まっていることで、何か自分のためになることを探し、仲間たちの話にも耳を傾けて、継続する力を身につけています。
自分ひとりだけでの力で足りない時には、今、そばにいる仲間の力を借りるために、「お願い上手」になることだと感じますが、私にはそれが苦手なことなのです。
そして今月の4日から、湯布院である冬のギャザリングに参加させてもらうことで、毎日、生活費を500円ずつ積み立てています。多くの仲間たちと出会うことで、分かち合いと仲間との絆が結ばれ、人を思いやれるようになりたい。
今までは薬との関係で、まわりの人や自分を傷つけていることさえ分からなかったが、プログラムの中で気づき、本当に感謝しています。苦しいこともあるけど、楽しみもある――。ハイヤーパワーを信じて、やるしかない。
そして、自分の仲間がこの世を去っていきましたが、生前に自分がプログラムから外れそうになった時、何度も手を差し延べてくれました。もっと、いろいろと分かち合っていれば良かったなと思いますが、自分たちにメッセージを残してもらい、感謝です。
仲間と約束をした筋トレでの目標92.5キロを必ず上げて見せます。自分に負けないだけの力を身につけることをしていきたい。そして自分は、いまだに苦手なことを後回しにしてしまうので、それも直す努力をしていきたい。
それは、自分ひとりで考えても良いことにならないのに、つい考えてしまうので自分がバカバカしい。なぜ先行く仲間に相談しないのか?
自分の短所が、分かっているのに、変えていく行動の一歩を出せていない自分に腹が立つが、そんな気持ちを受け入れていくことも、自分の成長のためだとハイヤーパワーを信じ祈っています。
最後になりますが、この先自分が少しずつではありますが、シンプルにものごとを受け止めて正直に自分の感情と向き合っていきたいので、みなさま温かく見守っていただきたいです。